アーニーパイル劇場
アーニーパイルは、第二次大戦時の米軍の従軍記者でした。戦場の写真でピューリツアー賞を受賞した有名記者でもありました。彼は、沖縄戦に従軍し伊江島で戦死しました。伊江島に彼の碑があります。沖縄戦の物語には必ず彼の名前が出てきます。私が彼の名前を知ったのは宮城県仙台市の小学校に通っていた時でした。未だ占領下にあった昭和23年か24年頃です。父は米軍施設の調達関係の仕事についていました。あるとき父から仙台市内の劇場の入場券を貰いました。その劇場の名前がアーニーパイルだったと記憶しています。子供心に名前の由来などは一切知りませんでした。米軍人及び軍属専用の劇場だったのでしょう。ある日演劇を観にいったとき人形浄瑠璃をやっていました。初めて見る人形使いに驚いたものでした。
東京の東京宝塚劇場は、占領軍によってアーニーパイル劇場と名称変更させられたのでした。沖縄戦では最高司令官のバックナー中将が南部で戦死したり米軍にも大きな損害があったのです。アーニーパイルの戦死も大東亜戦争を語るうえで必ず言及される史実です。