司馬遼太郎の「城塞」では
慶長19-20年の大阪の陣で毛利家は徳川方に味方したが、毛利家の一家臣(佐野道可)が内緒で大阪城に入り秀頼方に味方した史実を司馬遼太郎は歴史小説「城塞」において次のように書いている。
秀頼の援軍要請に関してである。
出典;新潮文庫
司馬遼太郎著:「城塞」上巻p600-601
このように「城塞」では、佐野道可が毛利家の忠臣として描かれている。佐野道可の二人の子供(内藤孫兵衛と粟屋図書)は徳川に召喚されるが徳川の重臣のとりなしを得て放免となった。しかし帰国後、主君に切腹を命じられた。毛利方は疑いの種を完全に消し去ろうとしたのである。