cho-kai-san811のブログ

連れ合いを失った老人のたわごとです。心機一転何らかの生きがいを見つけて前向きに生きたいと思っています。

同期生M君の旅立ち


同期生のM君が先日亡くなった。コロナ下なので、葬儀はご家族のみで営まれた。年齢は84歳だった。昭和40年に私が最初の任地である福岡県の某町に赴いたときに、先に同地に赴任していたM君が私たち家族の住む借家を探してくれていた。彼の隣家だった。当時、私の家族は家内と生まれたばかりの長女だけだった。M君は私と職種は違ったが誠実でまじめ、奥様は九州某市の市議会議長の娘さんで、某航空会社の元スチュワーデス、すらりとした美人だった。私と彼は、数年後それぞれ別の地方に転勤したが動静は聞いていた。5年後、某教育課程に入校した際にまた彼と一緒になった。かれは当時導入されたばかりの電子計算機のプログラマーだった。昭和45年頃のことで現在の計算機とは比べられないが学校でプログラムの授業もあった。私は計算機に興味があったので熱心に授業を受けていたところ、それぐらいの熱意があればプログラマーになれる、と彼は言った。私はプログラマーにはならなかった。
彼は定年直前に交通事故の怪我で片腕が利かなくなっていた。定年後しばらくたって、10年ほど前になるが、同期生会で彼に会ったとき、お孫さんが有名国立大の付属中学に合格した、と喜んでいた。おなじジャンルの同期生は学校卒業時は100名以上いたが、毎年少しづつ旅立って行く。いずれ自分の番が来るが、あの世でまた戦友に会えると思うとそれほど寂しくはない。